こころが通じ合うとか、わかり合うとか。 | 「ひと」と「ひと」の間を考える。『rooftop』〜コミュニケーションとコミュニティ〜

2016/11/27

こころが通じ合うとか、わかり合うとか。

[日々の想い]

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こころが通じ合うとか、わかり合うとか、そんなことはそうそう起こることではない、と僕は思っている。

どんなに多くのことばを交わしても、どんなに長い時間を一緒に過ごしても、どうにもならないことだってある。

ことばにはならない想いが僕たちの中にはたくさんあるし、ことばにしたくない想いだってある。

そもそも、ことばを前提としない、という考え方だってあるし、みんなとこころを通じ合わせるとか、わかり合うという必要もない、と僕は思っている。

二人がいて、二つのこころがある。

それがとても自然だと僕は感じる。

そんなことを考えた上で、でも、こころが通じ合っている、と感じる瞬間もあるのだ。

何にもことばを交わしていなくても、みんなが自然と同じ行動をとったり、逆にバラバラの行動を心地よく感じられたり、そんなときは、こころが通じ合っているかも、と思う。

それは、たまにでいいのだけれど、起こるととても嬉しくなる。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます☆

関係性をつくる必要がないと考えると、関係性が発展することがある。

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