怒りと悲しみが原動力。 | 「ひと」と「ひと」の間を考える。『rooftop』〜コミュニケーションとコミュニティ〜

2016/12/30

怒りと悲しみが原動力。

[日々の想い]

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「怒ることはないのですか?」などとよく聞かれる。

確かに、僕は、感情を表に出すことは少ないので、そう思われてもしかたがない。

怒りに限らず、悲しみも、驚きも、喜びも、あまり表現することはない。

感情がわかりにくいと言われるので、意識的に表現するようにはしている。

もちろん、怒るような出来事や悲しくなるような出来事がないわけではなく、僕の中にも、怒りや悲しみはある。

怒りや悲しみに対して、色々な理由をつけて抑えこんだり、無視したりしてきたので、自分でもその感情に気付きにいくし、表現もうまくできない。

そんなことに気が付いたのは、割と最近かもしれない。

長い間、怒りや悲しみを抑えこんだり、無視したりしていたので、それが自然にできるようになってしまい、抑えこんでいることや無視していることにさえ、気付かなくなっていたのだろう。

だから、今でも、自分の感情にすぐには気付かないことが多く、後々、怒りがこみ上げてくるようなこともある。

感情を表に出さないことは、良くも悪くも、僕の処世術だったのだと思う。

争いたくない、という気持ちが根本にある。

自分の劣等感から、怒りを表すことで、争いになるのが怖いのだ。

争ったら負ける、争ったらいけない、と思っていた。

怒りを表に出さないようにする、または、怒りをないものとしてしまう。

悲しみについても、同じような処理をしていた。

悲しみは弱みだと思っていて、弱みを見せると攻撃されると思っていた。

だから、悲しみを表に出さないようにする、または、悲しみをないものとしてしまう。

このような処理によって、うまくやってきたともいえるし、今後も僕の能力として活躍してくれるのだと思う。

でも、膿や毒のようなものが僕の中に溜まっていくことには間違いなく、うまく吐き出す術も知らないので、時々、色々なかたちで爆発するのだ。

これについては、反省も必要で、吐き出す術も訓練していこうと思う。

そして、もう少し考えてみると、僕の中に溜まってきた怒りや悲しみこそが、今の僕の行動の原動力にもなっていると思う。

しかも、ネガティブではなくポジティブな原動力に昇華している気がする。

こんな自分も悪くない、という自己肯定感を感じられるようになったことが、おそらく昇華のきっかけではないかなと思っている。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます☆

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