2016/11/30

シェアハウスの一冊『都会のアリス』石井睦美

[ シェアハウスの本たち ]

「わたしはアリス。」

「わたしがアリス。」

中学生の女の子はそう思っている。というか、彼女が自分でそう決めたのだ。

アリスというのは、あの『不思議の国のアリス』のアリス。

小学校の頃、この本を読み終えたとき、彼女は決めたのだ。

決めたというより、「わかった」というほうが彼女にとってはしっくりくるようだ。

「この子ってわたしだ」と彼女は感じた。それからはずっと、アリスとして暮している。

アリスは、誰かに何かを話すのは苦手だけれど、こころの中ではいくらでも話し続けることができる。

アリスのこころの中は、ことばでいっぱい。

そして、この物語は、そんなアリスのこころの中の会話を中心に進んでいく。

アリスは、役者をしているお父さんと二人で暮していて、お母さんは海外出張中。

お父さんは、お弁当をつくってくれたり、学校へ行くのを見送ってくれたりするけれど、もう少し「さりげなく」してほしい、と思春期らしいことをアリスは思っている。

ある日の学校で、進路を決めなさい、という課題が出される。中学生にとっては一大事だ。

お母さんに相談したいけれど、突然、「すこしのあいだ旅に出ます。」なんてメールを送ってきて、帰ってくる気配がない。

「わたしがママを必要だって思うとき、ママはそばにいたことがなかった。」

「皆無だったわけじゃない」とわかってしまうところが、さらにアリスのつらさかもしれない。

アリスは不思議の国に迷い込む。

不思議の国の中を、ウサギと一緒に旅をして、色々な人と会話をして、アリスは気付き始める。

自分の中には何があるのか。何もないのか。

お母さんのこと。お父さんのこと。

嬉しいこと。悲しいこと。

この旅は、絶対的なものが壊れ、相対的になっていく過程であり、この物語の核心なのだと僕は思う。

そして最後に、同一化してきた「アリス」と「わたし」にも大きな変化が訪れる。

 

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