2016/07/18

「まち」を「いえ」に見立てて暮らす。

[日々の想い]

風呂なし、トイレは共同、個室は四畳半、というアパートに住んでいる友人がいる。

風呂は近所の銭湯に通い、冷蔵庫も置かずに、必要なときにコンビニに買い物に行くらしい。

だから、部屋には、布団とパソコンと数冊の本くらいしか置いていない。

彼はお金がないわけではない。

建築系の会社に所属しており、高給取りというわけではないが、一般的に想像されるくらいの一人暮らし用アパートを借りることは、充分可能である。

彼自身が今の生活スタイルを選択しているのだ。

「冷蔵庫は、家に置いてあるからみんな何かを入れなきゃと思ってるんですよ(笑)」

「近所に大きな冷蔵庫があるから家にはいらないですよ。持ち出し料はかかりますけどね(笑)」

10%くらいは冗談が含まれているけれど、残りは本気の発言だと思う。

彼にとっては、コンビニが冷蔵庫であり、銭湯が風呂場である。

一般的に想像される暮らしと比べると、冷蔵庫や風呂場が少し離れたところにあるだけだ。

彼は、「まち」を「いえ」のように見立てて暮らしている。

だから、彼の話を聴いていると、四畳半の生活が窮屈なものには感じられない。

そして、シャボン玉のように、これからも少しずつ形を変えたり、膨らんだりしぼんだりしながら、ふわふわと街中を漂っていくような楽しい予感さえ感じてしまう。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます☆

暮らし方って、もっと自由なものかもしれないね。

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